朱里が入院してから一か月が過ぎた。
薬を完全管理されているせいか、症状は表面的には治まっているが、朱里の境界性人格障害の症状は密やかに進行していた。
「須崎さん。今日も食べないの?」
「はい…なんか…食欲なくて…」
食事チェックをする看護助手に食事を取ってない事を指摘された朱里は、食欲がないのだと答え、食事を取るデイルームから病室へと閉じこもる。
弓月の左手の薬指に光る指輪を見て以来、朱里はなぜだかわからないが、食欲を失くしてしまったのだ。
もう、一週間は水分以外取っていない。
「須崎さん。どうして、水分以外摂取しないの」
その日は弓月が夜勤の夜で、一週間水分以外を摂取してない朱里を心配した弓月が朱里の病室に入って来て、どうして水分以外摂取しないのかと訊ねる。
「弓月さん…取りたくないから取らないだけです…」
弓月が病室に来た事に、朱里は驚きながらも、食欲がないから水分だけを摂取しているだけだと答える。
「身体が弱ってしまうよ。ちゃんと食べないと」
「すみません…でも…」
きちんと食事を取らないと身体が衰弱してしまうと声を掛ける弓月に、朱里は、すみませんと呟きながらも、視線が弓月の左手の薬指に光る指輪へといくのを感じていた。
この手がどんな風に女性に触れるのか、その腕がどんな風に女性を抱くのか知りたいという思いが朱里の脳裏を駆け巡り、弓月の左手の薬指に光る指輪がなぜか憎く感じて、弓月自身に対して憎しみにも似た情念が湧き上がるのを感じていた。
その情念が朱里の食欲を失わせ、服薬も拒否し始めている事に朱里は気付き始めていた。