「わたる…もしかして…今日は…」
「いやっ…花がない日だから…」
今日は、かなみの家で過ごしていたのかとゆかりに訊ねられたわたるは、今日は庭に花が咲いてない日だから逢えない日だと答える。
「うそ…わたる…逢いに行ったのでしょ…?服にファンデーション…ついてるよ…」
「えっ?」
嘘をついても、服にかなみがしていたと思われる化粧の跡がついているというゆかりの呟きに、わたるは慌てて服についたファンデーションを払う。
「払ったくらいじゃ落ちないよ」
手で払い続けるわたるに、ゆかりは、服についたファンデーションは手で払ったくらいでは落ちないと声を掛け、自分が持っていた携帯のしみ抜きシートを渡す。
「悪いな。ところで、お前何してるんだ?こんなところで」
ゆかりからもらったしみ抜きシートで服を拭いながら、わたるは、ゆかりにこんな時間にこんなところで何をしているのかと問いかける。
「飲み会の帰りだよ。みんな言ってたよ。最近のわたるは付き合いが悪いって」
わたるに何をしていたのかと問いかけられたゆかりは、部署内の飲み会の帰りだと答え、続けて、最近のわたるが定時に帰るから、付き合いが悪いと言われていると声を掛ける。
「理由が言えないから…適当にごまかしたけど…たまには…顔出した方がいいよ…」
理由を知っているが、まさか、社長の愛人と密かに逢瀬を重ねてるとは言えないから、適当にごまかしたが、たまには、そういう席にも顔を出すようにと、ゆかりはわたるに呟く。
「悪いな。色々と心配かけて…でも…今の俺は…」
「わかってる…でも…くれぐれも…危険な事はしないようにね…」
心配を掛けて悪いが、いまの自分はかなみの事しか考えられないと呟いてきたわたるに、ゆかりは、わかってると呟いた後、くれぐれも西田に関係を知られるような真似はしないようにと呟く。
「わかってる…俺は…あの人が…庭に花を咲かせた時しか…出る事が許されない…影みたいなものだからな…」
今日、月夜に紛れて危険を顧みず逢いに行ったと言えないわたるは、ゆかりにわかっていると呟いた後、自分はかなみが庭に花を飾ってくれた時にしか逢えない影のような存在だからと呟く。
「どうしても…辛くなったら…あたしに言ってね…?及ばずながら力にはなるからさ…」
「ありがとな…でも…大丈夫だ…あの人が…花を飾ってくれる限り…俺は…待つって…決めたから…」
どうしても辛いときは自分に言うのだと呟いたゆかりに、わたるは、ありがとうと呟いた後、かなみがいつか庭に花を飾ってくれる日がある限り、自分は待つと決めたのだと呟く。
わたるの心情、ゆかりの心情、そして、かなみの心情を映し出すように月は輝く。