「かなみ。どこにいるのだ?かなみ」
わたるとかなみの口付けが深いものとなっていたその時、遠くからかなみの籠の持ち主である西田の声がした。
「西田が戻ってきました。早くここから」
西田のかなみを探す声に気付いたかなみは、わたるから身体を離すと、早くここから立ち去るように促す。
「それじゃ…また…花を…待ってます…」
ここから立ち去るようにかなみに促されたわたるは、また庭先に花を飾ってくれる日を待っていると呟き、裏手の門から出ていく。
わたるが無事立ち去ったのを見届けたかなみは、西田の声がする方へと歩いていく。
「そんなところで何をしているのだい?」
「月が…あまりに綺麗だったもので…」
裏手にある金木犀の木のそばで何をしているのかと西田に訊ねられたかなみは、月が綺麗だったので見ていたのだと答える。
「お帰りになったのではなかったのですか?」
「忘れものだ」
本宅に帰ったのではなかったのかと訊ねるかなみに、忘れ物をして戻ってきたのだと答える。
「(かなみさん…)」
かなみの家からの帰り道。わたるは、先程交わしたかなみとの口付けを思い返していた。儚くてそれでいて熱い口付けを思い返していた。
自分から踏み込んではいけない恋だとわかっていたが、今日は、どうしても、逢いたい想いを抑えきれなかった。
かなみはまた西田に抱かれるのだろうか…?かなみが西田の籠の鳥だとわかっていても、かなみが西田に抱かれているのだと考える時間は、苦痛でしかない。
考えまいとしても浮かんでくる考えに、わたるは、どこにも持っていきようのない想いを、静寂に包まれた空に投げかける。
「(かなみさん…あなたを諦められたら…どんなに楽か…わかりません…でも…僕は…やっぱり…あなたを…)」
月明かりが照らし、星が瞬く夜空に向かい、かなみへの切なくも激しい恋心を夜空に投げかける。
不倫よりも罪深い想いに、わたるは、かなみへの想いに焦がれるしかない自分をどこに持って行けばいいかわからなかった。
「わたる。こんなところで何してるの?」
わたるがかなみへの想いに焦がれていたその時、同僚の青山ゆかりに声を掛けられる。
ゆかりは、わたるに恋心を抱いている。しかし、わたるの心がかなみにしか向いていなことを知り、わたるの恋がうまくいくように、色々と世話を焼いている。