花灯篭ー15

明くる日の夕方…この日も、長雨が続いていた。わたるは帰り道にかなみの家の庭先を覗く。

しかし、今日も花はない。


「(今日も…ないのか…)」


 牡丹が咲いて以来、花を咲かせない庭先を見ながら、わたるは、花が咲かない庭先を見つめる。

紫陽花でもいい、咲いてくれないものかと思って来てみたが、牡丹が一輪咲いて以来、花を咲かさない庭先は寂しいものだった

「もうすぐ…花菖蒲の季節だよ。わたる」


「(えっ?)」


 雨に紛れて聞こえてきた声に、わたるが振り返ると、そこには、ゆかりが立っていた。


誰にも秘密のはずなのに、それをゆかりが知っている事に、わたるは驚きを隠せなかった。


「残業もお構いなしだったわたるが、定時に帰るから気になって…」


 なぜ、自分とかなみの秘密を知っているのかという表情を浮かべるわたるに、ゆかりは、以前だったら、残業も辞さなかったわたるが、社長が白昼堂々愛人を引き連れて視察に来た日から定時に帰るようになって、気になって後を付けていたのだと呟く。


「わたる。あの人は絶対にだめだよ…あの人だけは…わたるが苦しむだけじゃない…」


 庭先に立ち尽くすわたるに、ゆかりは、自分が勤める会社の社長の愛人なんて、いばらの道よりも険しく辛い恋を選んだらいけないと呟く。


「わかってるさ…これが…どれほどに罪深いかって…」


「だったら…」


「それでも…俺は…待つしかないんだ…この庭に花が咲く日を…」


 わたるは、自分の勤める会社の社長の愛人という人間に恋をしたことが、どれほどに罪深いかわかっていると呟いた後、だったらなぜ毎日ここに通い詰めるのかと訊ねるゆかりに、それでも、待つしかない恋を諦める事ができないのだと呟く。


「わたる…」


 わたるの切ない想いに、ゆかりは何も言えなくなった。

花菖蒲は庭先に飾れる代物ではない…それでも…わたるは…この庭に花菖蒲が咲くのを待つのだろう…それとも…別の花か…?とにかく、この庭に…何かしらの花が咲く日を…わたるは待つのだろう…待って待ち続けるのだろう。


 その時、紫陽花の切り花を持ったかなみが現れていた…しかし、わたるとゆかりのやり取りを聞いて家の中へと引き返した。

わたるを想うゆかりの気持ちが、かなみには痛いほどによくわかった…わたるの本当の幸せを考えたら、自分より、ゆかりのような人と結ばれた方がいいのかもしれないと…待つ事しかできない恋を追いかけるわたるに、かなみは、胸元の紫陽花の切り花を見ながら、待たせる事しかできない自分との恋から、一途に思ってくれる人との恋に移って欲しいと願う。


 かなみの切ない願いを知ってか知らずか、わたるは、次の日もそのまた次の日も、かなみの家の庭先に花が咲いていないか確かめにやって来ていた。