その日の夕方…空は茜色から紫色へと変わりつつあった…
「(やっぱり…花はないか…)」
ゆかりに忠告されたが、やはり、庭に花が咲いていないか確かめたかったわたるは、かなみの家の前に来ていた。
そして、庭に花が咲いてないか、確かめて、咲いてなかったから、やはり、今夜はと思っていた。
「わたる…さん…」
「かなみさん…」
花がないから帰ろうとしていたその時、庭先に出てきたかなみに声を掛けられ、わたるはその場に立ち尽くす。
「花…なかったから…やっぱり…」
「いいえ…いま…出そうと思っていたところです…この…すみれを…」
花が出てなかったから、やはりと思っていたと呟いたわたるに、かなみは、静かに首を振り、いま、今日買ってきたばかりのすみれを庭先に出そうとしていたところだと呟く。かなみの胸元には、紫色の花が咲いた鉢植えがあった。
「出すってことは…」
「今日は…もう帰りました…」
花を出すって事は、自分が家の中に入ってもいいことかと訊ねるわたるに、かなみは、西田なら今日はもう帰って行ったと答える。
「綺麗な花ですね…その花…」
「二月の花を買ってきました…」
すみれの鉢植えを見ながら綺麗な花だと呟いたわたるに、かなみは、二月の花であるすみれを買ってきたのだと呟く。
「二月の花…」
「花言葉は…たくさんあるのですが…小さな幸せ…」
「いい花言葉ですね…」
「僕にとって…かなみさんは…すみれの花言葉通りの人です…」
「わたるさん…」
すみれの花言葉のようにかなみは自分に小さな幸せを運んでくれる人だと呟いたわたるを、かなみは、感極まったように見上げる。
「私は…何も…あなたにしていません…」
「かなみさんは…まだ…僕の気持ち…わかってないのですね…」
自分はわたるに何もしていないと呟いたかなみに、わたるは、まだかなみは自分の気持ちを理解していないと笑いかける。
吹雪吹きすさぶ冬よりもさらに厳しい冬を忍ぶ自分に小さな幸せを運んでいる事に気付いていないと笑いかける。