「おはよう。根本さん。根本先生」
自転車を軽快に漕ぐ生徒たちは、仲睦まじげに歩く碧と雅彦に挨拶を交わす。
「おはよう」
それらの声に、雅彦はにこやかに笑いながら、答えていく。
碧が無言で歩いている事など、誰も気に留めなかった。
しかし、それに気付いた人間は、ひとりだけ居た。
源太である…源太は碧の表情が以前にも増して硬くなっている事に気付いていた。
だが、どうする事もできないまま、碧と雅彦が歩く姿を見送るしかなかった。
どうして…自分には…碧を救えるだけの力がないのだろう…?どうして…自分はこんなに無力なのだろうという思いが、源太の脳裏を過り続ける。
碧が源太に希望を見ている事を知らない源太は、自分の無力さに打ちのめされるばかりだった。
「(碧さん…もう…僕に…できる事は…ないの…?)」
源太は、表情を硬くしながら歩く碧を見ながら、自分はもう碧の希望になる事はできないのかと問いかける。
「(須本君…あなたは…私の希望…いつか…あなたが…私を救ってくれると…信じているわ…)」
源太に気付いた碧は、雅彦に気付かれないように、源太を見ると、源太は自分の希望であり、いつか源太に救い出してもらえる日が来る事を信じていると心の中で呟く。
愛のない結婚生活…教師と生徒の仮面を被った碧と雅彦は、雅彦の狂気の中で日々が過ぎていく。
希望を見出しながら、絶望という名の白い闇に包まれる碧…それでも、希望を源太に見出す碧は、日々続く雅彦の狂気の中で、雅彦の狂気から源太が救い出してくれる日が来ることを信じていた。