白い闇ー35

「お帰り…碧…」


 全てを知っていながら、知らないような声を掛ける雅彦に、碧は、雅彦の横をすり抜け、浴室へと向かう。


「自分の夫を無視するほどの事があったのかい…?」


「何も…ありません…」


 碧の夫である事を主張する雅彦に、碧は、何もないと答える。


雅彦は時に、言葉だけで、自分が人妻である事を思い知らさせる。


それが碧を絶望という名の白い闇へと誘う事を、雅彦は知っていながら、碧を試す。


逃れられない白い闇の中で、碧は、今宵も雅彦の狂気に蹂躙される事を覚悟するしかなかった。


「碧…?あの少年との事はどうなったんだい…?」


「どうも何も…まだ何も始まっていません…」


 源太との事はどうなったのだと訊ねる雅彦に、碧は、どうなったかも何も、源太とは何もないのだと答える。


「嘘を吐くのは…相変わらず下手だな…」


碧の返答に、雅彦は冷たく笑うと、碧は相変わらず嘘を吐くのが下手だと呟き、碧の躰に指を這わせ始める。


「碧…俺の…人形…お前はもう…俺からは逃れられない…」


「そんな事…わかってます…」


 碧はもう自分から逃れられないと冷たく笑う雅彦に、碧は、それはもうわかりきっている事だと答える。


白い闇が碧を包む…源太を希望としながら、碧を包むのは絶望という名の白い闇…十七年前…自分を産み落とした母が見たのもこんな闇だろうか…?碧は、かつて産みの母が見たかもしれない白い闇の中へと堕ちていく自分を感じていた。