「碧さん…」
碧から発せられた言葉に、源太は、驚きを隠せずにいた。
あの頃、雅彦の狂気から逃げられないと告げた碧が、いま、自分に救いを求めている…だが、まだ、いまの自分では碧を雅彦の狂気の中から救い出せるだけの力は備わりきっていない。
「あと少し…もう少しだけ…待っていて下さい…必ず…碧さんを救い出せるだけの力を身に付けてきます…」
「ありがとう…いまはその言葉だけで…十分よ…」
必ず碧を雅彦の狂気の中から救い出せるだけの力を身に付けてくるという源太に、碧は、その言葉を聞けただけでいまは十分だと笑う。
希望の光が少しずつ見え始めた瞬間でもあった。
碧が源太に希望を見出したのは、碧が十七歳の頃。それから時は流れ、源太を大人の男性へと変え、碧に新たな希望の光を見出させていた。
「(きっとよ…須本君…)」
必ず碧を雅彦の狂気から救い出せるだけの力を身に付けてくると言い残し、去っていった源太の背中に、碧は、その日が必ず来る事を信じて待っていると心の中で呟く。
あの家に帰れば、また、雅彦の狂気に蹂躙される日々が始まる。
それでも、いまの自分の居場所は、雅彦しかない…。
いつか訪れる源太が自分を救い出してくれる日が来るまでは、それに耐えるしかないのだ。
「(碧さん…僕は…必ず…あなたを…救い出せるだけの力を身に付けます…だから…その日までは…)」
自分の背中を見つめる碧に気付いた源太は、振り返れば、碧を連れ去りたくなる衝動を抑えられないと思い、必ず碧を雅彦の狂気から救い出せるだけの力を身に付けてくるから、その日まで待っていて欲しいと心の中で呟く。
あの日のように絶望に打ちひしがれる事は二度としないと、源太は心に誓う。