大奥だけでなく、将軍が政を行う表でも変化があった。
「そなたが…佐久間家の新しい当主か…」
家治は、自分の目の前にいる家督を継いだばかりだという聡明な青年に、ありきたりな言葉を投げ掛ける。
「佐久間蔵之介と申します…上様に置かれましては…」
「堅苦しい挨拶はいらぬ…そなた…妻子は…?」
隠居した父に教えられた挨拶を述べようとした蔵之介に、家治は、堅苦しい挨拶はいらぬと呟き、蔵之介に妻子はいるのかと問いかける。
「許婚はおりました…」
「おったとは…なぜ過去形なのだ…?」
許婚はいたという蔵之介に、家治は、なぜ、過去形なのだと問いかける。
「大奥に…行儀見習いに上がって以来…帰ってこないのです…」
家治の問いに、蔵之介は、許婚は大奥に行儀見習いに上がって以来、帰って来なくなったと答える。
蔵之介はすでに知っていた…自分の許婚だったお妙が、いま目の前にいる家治に奪われた事を…
「名は…なんと申したのだ…?」
家治は、もしやお妙の許婚とはこの蔵之介ではないかと確信しながら、蔵之介に許婚の名を訊ねる。
「大久保兼次が娘のお妙という娘です…」
気付かぬような素振りを見せる家治に、蔵之介は、お妙が自分の許婚であったことを告げる。
蔵之介の耳にもお妙が家治の寵愛を一身に受けている事は漏れ聞こえていた。