「(わたるさん…)」
ゆかりが帰った後、かなみは、その場に崩れ落ちる。わたるが自分以外の女性を抱いた。
その事実に、胸に熱く焼かれた何かを押し付けられているような感覚に陥る。
耳から離れないゆかりのわたるが自分を抱いたという言葉…かなみは、耳を塞ぎたい衝動に襲われる。
しかし、本当なのだろう…今日のゆかりは、自分に挑戦しているような目をしていた。
その時、買ってきたばかりの赤いシクラメンがかなみの目に留まる。
今日に限ってどうしても、この赤いシクラメンが欲しかった。かなみは、自分の中にある嫉妬という感情を自覚した。
「(そうだわ…私…嫉妬しているんだわ…しても…仕方ないのに…)」
ゆかりの方がわたるを幸せにできる、そう思っていたけれど、いざ、わたると離れなければならないようになると、心が引き裂かれそうになる。
「わたるさん…うっ…うぅっ…あぁぁ…」
わたると離れなければならない、でも、離れられない、わたるがどういう選択をするとかではなく、自分から離れなくてはならないのだとかなみは思っていた。
しかし、思えば思うほど、わたるに抱かれた夜が重くのしかかる。運命の悪戯と呼ぶには酷い現実に、かなみの目からはとめどなく涙があふれ出て来て、かなみは、ひとり泣き続ける。
その頃、わたるは、かなみの家の前に来ていた。酔った上とはいえ、かなみ以外の女性を抱いてしまった。それを正直に言って、かなみに許しを乞うべきかどうか迷っていた。
「わたる。やっぱり、来たね」
「青山…」
後ろから聞こえてきた声に振り返ると、そこには、ゆかりが立っていた。
「わたる。もうあの人は花を飾らないよ」
「今日がだめでも明日がある」
もうかなみは庭に花を飾る事はしないと告げてきたゆかりに、わたるは、今日がなくても明日飾ってくれるかもしれないと答える。
「あたし、あの人に言ったんだ。わたるに抱かれたって」
「どうして、そんなこと言った」
かなみに、わたるに抱かれたことを告げたと告げてきたゆかりに、わたるは、どうして、そんな事をかなみに言ったのだと詰め寄る。
「だって…わたるが…あの人と間違えて…あたしを抱いたりなんかするから…」
わたるに詰め寄られたゆかりは、目に涙を浮かべながら、わたるが自分をかなみと間違えて抱いたりするから、悔しかったのだと答える。
「言っていいことと悪いことがあるだろ」
わたるは、かなみに言っていいことと悪いことの区別がつかなかったのかと、ゆかりに詰め寄る。