花灯篭ー14

 短い夜は明け、かなみは再び籠の鳥へと戻って行った。

熱い名残りを残したまま、会社に出勤したわたるは、籠の鳥へと戻って行ったかなみを思い返す。


「(庭先に花があれば…会える日か…本当に…椿姫っぽくなってきたな…)」


 昨夜、かなみが教えてくれた…わたると逢える日は花を庭先に飾ると…いまは牡丹だが、これから季節ごとに咲く花を庭先に飾るとかなみは言っていた。


 もし、今日、庭先に牡丹があったら、まだ語り尽せていない想いを伝えたいと思っていた。


「(牡丹の次に咲く花って…なんだろう…?)」


 牡丹の次にかなみの家の庭先を飾る花は何だろうかと考えるだけで、わたるは、胸いっぱいだった。


「わたる。ぼんやりしない。仕事中だよ」


「あぁ、うん」


 ゆかりの声で、現実に引き戻されたわたるは、デザイン画を書き始める。

また、かなみが似合いそうなデザインを考えよう…それが、社長の西田が買い与える物だとしても、かなみに自分がデザインした物を身に着けて欲しい…これが…いまの自分にできる精一杯の想いの証しだから。


 帰り道…かなみの家の庭先を覗いたら、牡丹はなかった。

今夜は、西田が来るのだろう…その現実に、わたるの胸は締め付けられたが、ただ一つの想いの証しであるデザインを考え続ける。


 それから毎日、わたるは帰りに、かなみの家の庭先を覗いて帰るのが日課となった。

もしかしたら、見つかってしまうかもしれないと思ったが、気がつけば、足がかなみの家へと向いてしまうのだ。


 今日こそは花が庭先にありますように、そう祈りながら、わたるは、かなみの家の庭先を覗き続ける。


 季節は梅雨へと入り、長雨の日々が続く…雨の中…わたるは、かなみの家の庭先を覗く。


しかし、庭先に花はない。

今日もまた一人の夜を過ごさねばならないと思うと、わたるはやるせなくなった。

かなみが自分が勤める会社の社長の籠の鳥であるとわかっていても、こんな長雨が続く日は、かなみに逢いたい…しかし、自分から逢いたいと言えぬこの恋は、ただ、ひたすらかなみが庭先に花を飾ってくれるのを待つしかない。


「(かなみさん…いま…何を…考えていますか…?)」


 何も飾られていない庭先を見ながら、わたるは簡単に逢う事が叶わないかなみがいま何を考えているのか問いかける。


 その姿をじっと見ていたゆかりは、傘に隠れ、一筋の涙を流す…。

思っていた通り、わたるの心は、社長の愛人という最も許されない相手に向いている…どういう経緯で知り合ったのかはわからないが、いばらの道よりも険しく辛い恋にわたるは落ちてしまっている。


どうして…自分ではだめなのか…ゆかりは、庭先を覗いた後、意気消沈して帰っていくわたるの後を追う。