お妙の心が手に入らない…その苛立ちに、家治は、その夜、何度も何度も求めては、お妙に心をくれと囁き続け、表から迎えが来るまでお妙を解放しなかった。
その様子は、瑤子をはじめとする大奥の女たちの耳にも入り、お妙が家治の不興を買ったのではないかと色めき立つ。
「お妙…そなた…もしや…上さんの不興を買ったのではないか…?」
このままではせっかく傾きかけた流れが断たれてしまうと思った瑤子は、お妙に、家治の不興を買ったのかどうか訊ねる。
「買ったかもしれませんし…買わなかったかもしれません…」
瑤子の問いに、お妙は、家治の不興を買ったかもしれないし、買わなかったかもしれないと答える。
お妙自身もわからなかった…狂おしいまでに自分を求め続けた家治の不興を買ったのかどうかなど…
「不寝番が言うには…そなたを朝になっても離さなかったと聞いている…何があったのだ…?」
瑤子は、不寝番の報告では、家治はお妙を朝になっても離さなかったと聞いているから、一体、何があったのかと問いかける。
「私にもわかりません…上様のお心は…」
瑤子の問いに、お妙は、首を振りながら、自分にも家治の心が見えないのだと答える。
不興を買ったのなら、買ったとわかればいいが、狂おしいまでに求められて、お妙の心は、家治の心の動きを理解できずにいた。
「まぁ…よい…今夜が勝負だ…今夜所望されなければ…不興を買ったのだと思ってもいいだろう…」
家治の心の動きが読めず、戸惑うお妙に、瑤子は、今夜お妙が所望されなければ、お妙は間違いなく家治の不興を買ったとみてもいいと呟く。
その夜…家治はお妙を所望しないどころか、大奥に渡ってこなかった。