大奥恋絵巻ー28

 狂おしいまでの激情と欲情に狂った家治に、お妙が解放されたのは、やはり、夜明け前だった。


その家治の様子に、お妙が家治の不興を買ったのではないかという噂はたちまちに消え、変わらず寵愛を一身に受けているという話が大奥中を駆け巡る。


「お菊…悔しいであろう…」


 廊下でばったり会って、自分に道を譲ろうとしないお菊の方に、瑤子は、お妙が相変わらず家治の寵愛を受けていて悔しかろうと笑いかける。


「別に…世継ぎが産めなければ…寝所を遠ざけられるのは必至…早くお種が宿るとよろしいですね…御台様…」


 瑤子の挑発に、歯軋りしたい気持ちを抑えながら、お菊の方は、お妙が世継ぎ候補を孕まなければ、お妙が寝所を遠ざけられるのは必至だから、早くお妙が家治の種を宿せばいいですねと、瑤子に向かい皮肉交じりに言い返す。


「お菊…そなたは…」


「私は…側室のとしての役目を果たしてます…寵愛を得ているからって…側室の役目を果たしていない者を相手になんかしません…」


 家治の子を産むことができぬ自分とまだ家治の子を産んでいないお妙に対するお菊の皮肉に、瑤子は歯軋りしたい気持ちを堪えながら、お菊を睨む瑤子に、お菊は、自分はもう世継ぎを産み、側室の役目を果たしていると笑い、瑤子に道を開ける事無く、その場を去っていく。


「何としても…お妙に上さんの子を孕んでもらわなければ…」


 お妙にまだ家治の子を懐妊した兆候が見られない事に、このままいけば、お妙は世継ぎが産めない側室として、家治から遠ざけられてしまう…何としても、お妙に家治の子を懐妊してもらわなければという焦りが瑤子を支配する。


 お妙が懐妊するかどうかが自分の大奥での権勢を決定づける…お妙が家治の寵愛を一身に受けているうちに、お妙が懐妊しなければ、せっかく傾いてきた流れが、またお菊に傾く。


 お妙の知らない所で、大奥の権勢争いは熾烈を極めていたが、お妙は、僅かにすれ違い始めた家治と自分の心に少し不安を覚えていた。