「皆川さん…だめです…」
想いを告げた瞬間、より大胆な行動に出たわたるに、かなみは、か細い声でこれ以上の事に及んではならないと呟く。
これ以上進めば、わたるを苦しめるだけだとかなみはわかっていた。
しかし、唇を奪われただけでときめきが増している事も否定できなかった。
「この瞬間だけでも構いません…わたると…呼んでくれませんか…?」
かなみの呟きに、わたるは、いま、この瞬間だけでも構わないから、自分を名字ではなく、下の名前で呼んで欲しいとかなみに呟く。
かなみの薄く紅をひいたその唇に触れただけで、わたるの想いは、さらに燃え上がるものなった。
もうこれが禁じられた想いであっても構わない。燃え盛る炎のような想いを止めることはできないとわたるは考えていた。
「わたる…さん…」
わたるの切実な想いに、かなみはもう抗う事はできなかった。
こうしている間にもわたるの右手はかなみの着物の胸元を分け入るように忍び込み、唇は首筋に添えられている。
抗う術はもうない。ただこの絹の海にわたるの痕跡を残す事はできない。自分がどういう立場なのかわかっているかなみは、一面に広がる絹の海の中でどうしたらわたるの痕跡を残さずに済むかを考えていた。
「場所を…変えましょう…ここでは…せっかくの着物が…台無しに…なります…」
わたるの切実な想いを受け止める決心をしたかなみは、わたるにせっかくの着物が台無しになるから場所を変えて欲しいと呟く。
しかし、わたるは待てないとばかりにかなみをその場に押し倒す。
色とりどりの絹の海に寝かされたかなみは、完全に抗う術がないと感じ、少しだけ待って欲しいとわたるに呟き、身体を離したわたるに背を向け、いま着ていた色留袖の帯を自ら解く。
その姿に、わたるはかつてない程に興奮していた。帯を解き、結い上げた髪も解いたかなみに、近寄ったわたるは、露わになったかなみの肌に吸い寄せられるように唇を落とす。
わたるに唇を落とされた瞬間に走った緩い電流のような感覚に、かなみは戸惑った。
さる人では味わえない甘美な刺激に、自分が禁じられた恋に落ちてしまった事を自覚した。禁じられた恋に落ちてしまったと自覚してからは、転がり続ける石のようにわたるを求め、堕ちていく。
「わたるさん…あぁっ…」
一面に広がる絹の海の中で、かなみは、わたるの切実な想いが込められた愛撫に溺れ、絹の海の中で寄せては返す悦楽の波へと堕ちていった。
わたるもまた、何かが弾けたように甘い声を漏らすかなみに触れながら、かなみ同様悦楽の海に堕ちていく。
許されざる恋とどこかで気付きながらも、わたるは、かなみの白磁のような肌に唇を這わせ、かなみの身体に赤い刻印を残していく。
そして重なり合った二つの影は、いつまでも揺らめき合い続けた。
その時、庭先で咲いていた牡丹が散った…主が許されざる恋というものに手折れたのを知ったかのように。