月明かりの美しい夜に、金木犀の木のそばに佇む人影…
「(かなみさん…)」
この日、皆川わたるは、想い人の綾瀬かなみに逢いたい想いを堪え切れず、かなみの家に籠の主が来ているとわかっていながら、かなみの家に来ていた。
表に立っていたら、籠の主に見つかる可能性が大いにあるから、裏手にある金木犀の木のそばに佇んでいた。
かなみの家からは僅かな灯りが漏れ、かなみの家の中で行われている事が何であるか、わたるには想像できた。
かなみは、自分が勤める会社の社長の西田の籠の鳥。それがわかっていても、わたるは、かなみを想い、恋い焦がれずにはいられなかった。
「また来るよ。かなみ」
西田の声がした。帰るのだろうか。わたるは、危険を承知で、裏手の門からかなみに家へと入っていく。
「わたるさん」
西田を見送った後、家の中に戻ってきたかなみは、裏庭に人影を見つける。それがわたるだとわかった瞬間、裏庭に降り、わたるに駆け寄る。
「どうして来たのですか…?」
「すみません…迷惑がかかるとわかっていても…今夜は…どうしても…」
どうして、庭先に花を飾っていない日に来たのかと問いかけるかなみに、わたるは一言謝った後、どうしても今夜は一目でもいいからかなみに逢いたくてたまらなかったのだと答える。
「見つかるかもしれなかったのですよ…?」
「わかっています…危険だとわかっていたのですが…どうしても…あなたに逢いたくて…」
西田に見つかるかもしれなかったのだと呟くかなみに、わたるは、危険だとわかっていたけれど、どうしても、今夜はかなみに逢いたい気持ちが抑えきれなかったのだと呟く。
「かなみさん…逢いたかったです…」
「私も…あなたに逢いたかったです…でも…こんな危険な事は…やめてください…」
かなみを抱き締め、逢いたかったと呟くわたるに、かなみは、自分もずっと逢いたいと思っていたけれど、こんな危険な事はやめて欲しいと呟く。
「かなみさん…僕は…影です…影は…闇に映らない…」
こんな危険な事はやめて欲しいというかなみに、わたるは、自分は影の存在だから、影は闇の中では映らないと呟く。
「かなみさん…」
わたるは、かなみを抱き締め直すと、かなみの紅が落された唇に自分の唇を重ねる。
その口付けは深いものとなり、月明かりが照らす裏庭でわたるとかなみの影が重なり合う。
闇にまぎれて逢う事しかできない二人を照らすように月が輝いていた。