「でもね…私と根本先生は…」
「逃げられないの…?根本先生から…」
雅彦の狂気から逃げる事はできないと言おうとした碧の言葉を遮るように、源太は、碧に、なぜ、雅彦の狂気から逃れられないのかと問いかける。
「そうね…どうしてかしら…?」
源太の言葉に、碧は、小さく笑いながら、どうしてなのだろうと呟く。
源太は自分の希望になると言ってくれた…しかし…碧は、雅彦の狂気から逃れる術を知らない…絶望しか与えない雅彦とどうして四年も一緒に暮らしているのかという疑問が碧の脳裏を過る。
「(どうして…こんな事…考えるのかしら…?)」
源太の汚れのない笑顔を見るたびに浮かぶ疑問に、碧は、どうして雅彦との生活に疑問を抱いてしまうような考えが浮かぶのだろうと自問自答を繰り返す。
源太は希望…自分は絶望…正反対の生き方をしているはずなのに、碧は、源太に惹かれ、希望を抱き始めている事を感じていた。
「碧さん…もう…自分を偽るのはやめた方がいいよ…」
「自分を偽る…?私が…?」
自分を偽らないで欲しいという源太の言葉に、碧は、初めて自分を偽り続けてきた事に気付く。
「本当は…逃げたいんでしょ…?根本先生から…」
「ありがとう…でも…私と根本先生は…これから先も一緒に暮らさなければいけないの…」
本当は雅彦の狂気から逃れたいと思っているのだろうと問いかける源太に、碧は、本当の自分をわかってくれる人間が現れた喜びを隠しながら、これから先も雅彦とは暮らしていかなければならないと答える。
この希望を守るためにも、碧は、雅彦の狂気に晒されなければならないと心に決める。