「お妙…城の庭を散策しよう…」
ある日、お妙は、家治から城の庭を散策しないかと切り出される。
大奥に上がって以来、外に出る事が少なかったので、お妙は喜んでそれを受け入れる。
「素晴らしい景色です…」
「よかった…ここのところお妙がふさぎ込んでいたから…気分転換になればと思っていたが…」
庭を散策しながら、庭の景色が素晴らしいと感嘆するお妙に、家治は、ここのところ気苦労続きでふさぎ込んでいたから、気分転換になればと思って誘ってみたのだが、喜んでもらえてよかったと笑いかける。
仲睦まじく歩く庭先に、一人の聡明な若武者が家治とお妙に近づいてきた。
その若武者を見たお妙は、思わず固まった。
「蔵之介…様…」
「わしの片腕としても優秀だ…」
近寄って来た若武者こそが、蔵之介で、家治は、片腕としても優秀だと呟く。
「お妙様…ですね…」
蔵之介は、お妙を自分の主君の女人と敬う体勢を取り、深々とお妙に傅く。
心を通わせる事がもう許されない中で、蔵之介は、お妙を見上げ、お妙は、蔵之介を見下ろす。
「上様をお助けしてあげてください…」
家治の中臈になってから、ずっと逢う事も叶わなかった蔵之介が目の前にいるのに、お妙の心は、ざわめくことはなかった。
ただ、家治の忠実な家臣の一人にしか映らなかった。
お妙のそんな心の変化を蔵之介もまた感じ取っていた。