大奥恋絵巻ー31

「お妙…城の庭を散策しよう…」


 ある日、お妙は、家治から城の庭を散策しないかと切り出される。


大奥に上がって以来、外に出る事が少なかったので、お妙は喜んでそれを受け入れる。


「素晴らしい景色です…」


「よかった…ここのところお妙がふさぎ込んでいたから…気分転換になればと思っていたが…」


 庭を散策しながら、庭の景色が素晴らしいと感嘆するお妙に、家治は、ここのところ気苦労続きでふさぎ込んでいたから、気分転換になればと思って誘ってみたのだが、喜んでもらえてよかったと笑いかける。


仲睦まじく歩く庭先に、一人の聡明な若武者が家治とお妙に近づいてきた。
その若武者を見たお妙は、思わず固まった。


「蔵之介…様…」


「わしの片腕としても優秀だ…」


 近寄って来た若武者こそが、蔵之介で、家治は、片腕としても優秀だと呟く。


「お妙様…ですね…」


 蔵之介は、お妙を自分の主君の女人と敬う体勢を取り、深々とお妙に傅く。


 心を通わせる事がもう許されない中で、蔵之介は、お妙を見上げ、お妙は、蔵之介を見下ろす。


「上様をお助けしてあげてください…」


 家治の中臈になってから、ずっと逢う事も叶わなかった蔵之介が目の前にいるのに、お妙の心は、ざわめくことはなかった。


 ただ、家治の忠実な家臣の一人にしか映らなかった。


 お妙のそんな心の変化を蔵之介もまた感じ取っていた。