「わたるさん…どうして…自分から…幸せを手放すのですか…?」
ずっと庭先に花が咲く日を待ち望んでいたと呟いたわたるに、かなみは、待たせる事しかできない自分との恋をどうして選んでしまうのかと呟きかける。
「言ったでしょ…?僕の目には…あなた以外の女性は映らないって…」
どうして自らいばらの道よりも険しく辛い恋を選ぶのだと呟いたかなみに、わたるは、自分の目にはかなみ以外の女性は映らないと言ったはずだと呟く。
「これが…いばらの道よりも険しく辛い恋だとしても…僕は…かなみさんを…嫌いになれない…」
自分の告白に、涙を浮かべるかなみに、わたるは、傍が言うように、これがいばらの道より険しく辛い恋だとしても、かなみを好きにならずにはいられないと呟く。
恋に落ちてしまった時から覚悟はしていた…それが…最も許されない相手だとわかっても、わたるは、かなみへの恋心を捨てきれなかった。
「かなみさん…僕の覚悟は…わかってくれましたか…?」
「えぇ…十分すぎる程に…待たせるだけしかできない…私を…こんなに…想ってくれているというのは…」
自分の覚悟はわかってもらえたかと訊ねるわたるに、かなみは、待たせる事しかできない自分との恋を選んでくれた覚悟は十分すぎる程に伝わってきていると呟く。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。待たせるだけしかできない自分との恋に、身を焦がすわたるに、かなみは自分もわたるの想いに応えていかなければと思っていた。
それは、確かに秘密にしていなければならない恋だけれど、できる限りわたるの想い応えられる形を取りたいと思っていた。
「かなみさん…」
わたるは、自分の想いになるべく応えようとするかなみを抱き締めると、かなみの薄く紅がひかれた唇に、自分の唇を重ねる。
それが、合図だったかのように、三度目の情事の幕は開いた。揺らめき合ってせめぎ合って、重なる影に、夕闇から宵闇へと変わる闇が加わっていく。
闇の中でしか逢う事の許されない関係だとわかっていても、互いを求めてやまないわたるとかなみは、わずかに月明かりが漏れる部屋の中で、互いの肌を重ね続ける。
寄せては返す波のように、二人の影は揺らめき合い、せめぎ合い続け、二人をさらに許されない恋へと押し流していく。
「かなみさん…あなたのためなら…僕は…どんな痛みにも…苦しみにも…耐えて見せます…」
自分の腕の中で甘く息を吐くかなみに、わたるは、かなみのためなら、自分はどんなつらい試練にも耐えてみせると呟きかける。
溶け合う事が許されない時間の中で、わたるとかなみは、天が気まぐれのように時々だけ許す時間を過ごす。短すぎる初夏の夜を惜しむように。