花灯篭ー10

 わたるとかなみが禁じられた関係を結んでから数日後…この日は、社長自ら新規プロジェクトを視察するという事で、社内中が緊張していた。


 わたるがいる部署もまた緊張の中にあった。

和装デザインは社運がかかっているといっても過言ではないほどのプロジェクトで、それを手掛けるわたるへの期待は大きかった。


「わたる。しっかりね」


 同じ部署に勤める同僚の青山ゆかりは、緊張が目に見えてわかるわたるに声を掛ける。

ゆかりは、わたるに人知れず恋心を抱いている。

しかし、日本人離れした顔立ちと長身で女子社員の憧れを一身に集めるわたるに、思いを告げる事はできず、仲のいい同僚を演じている。


「わかってる。社長が認めれば、成功も同然だって」


 ゆかりの言葉に、わたるは答えると、何日もかけて作ったデザイン画を見直す。何度も書き直して、かなみが身につけたら似合いそうなデザインがようやくできた。

あれからずっと、かなみに似合いそうな物を考えながらデザイン画を描いた。そして、ようやくできた。


「(かなみさん…もし…デザインが通って…実物になったら…手にしてくれますか…?)」


 いつ逢えるかわからないかなみに、わたるは、自分のデザインが通って、商品になった時、かなみが手にしてくれるだろうかと考えていた。


 運命の悪戯と呼ぶには酷い再会はすぐそこまで来ていると知らずに。


「皆川君。頼んだよ」


「はい」


 上司の中川に声を掛けられたわたるは、ピンと緊張の糸が張りつめていくのがわかったが、それと同時に、かなみを想って描いたデザインが通る事を願っていた。

しかし、その希望に満ちたデザイン画は思わぬ形で絶望のデザイン画に変わる。


 社長の西田が連れてきた和装に詳しい知人を見て、わたるは絶望のどん底に追いやられる。

その和装に詳しい知人こそが、かなみその人だったからだ。


「(かなみさん…なぜ…?社長と…)」


 かなみが知人というのは、西田の詭弁で、誰が見てもただならぬ関係であることは一目瞭然で、わたるは密かに感じていたかなみを囲っている主が自分の勤めている会社の社長である西田であることを知ってしまった。


かなみもまた、まさかと思っていた事態に戸惑う。


名刺をもらった時にまさかと思っていたが、こうして西田に連れられている姿を見せる事はないと思っていた。

わたるに自分が西田に囲われている存在であることを知られることはないと思っていた。


「(まさか…こんな形で…顔を合わせる事になる…なんて…)」


 わたるがかなみを想って描いたデザイン画は、かなみの心をより揺れ動かし、切なくさせた。

切なさゆえに、かなみは、西田に気付かれぬようデザイン画にわたるへの密かなメッセージを残す。


 それに、わたるが気付くかわからないが、気付いてくれることをかなみは祈るしかなかった。絶望のデザイン画の中に隠したささやかな希望に気付いてくれる事を。