花灯篭ー9

 わたるが帰った後、かなみは一面に広がる絹の海を片付けながら、かつてない程に熱く乱れたひと時を思い返していた。

茶会の時に、わたるを見た時、全身が雷に打たれたような感覚に陥ったのは事実…そして…今日…そのわたると禁じられた関係を結んでしまった。

ひと時の気まぐれでわたるに抱かれたわけではないが、自分はさる人の籠の鳥…自由に恋をできる立場ではない。


「(今夜は…来ないで欲しい…)」


 いつ来るかわからぬ自分が入っている籠の所有主に、かなみは、わたるとの名残りが残っているこの身体を所有主には晒せぬと思い、今夜は籠の所有主の来訪がないことを祈り続ける。


 その頃、わたるも絹の海の中でかなみと結んだ禁じられた関係について考えていた。

あれだけの家を女性一人では保てない…きっと…別に想い人がいるに違いないと…帰る時に見た散ってしまった牡丹の花びら…まるで…自分が手折ったような感覚に陥ってしまった。

そう…自分は…かなみという一輪の花を手折ってしまった…気まぐれではないけれど、別に想い人がいるかなみに、自分は想いをぶつけてしまった。

かなみは気まぐれで受け入れたわけではないと言っていたが、それは、自分に別に想い人がいるというのを隠すためであって、これは禁じられた想いであり、かなみとの関係は禁じられた関係なのだとわたるは感じていた。


「(この恋は…俺からは…踏み込めない恋…でも…また…あなたに…逢いたいです…かなみ…さん…)」


 かなみが誰かの籠の鳥だとわかっていても、わたるはまたかなみが逢ってくれるのを待つしかできないこの恋を胸に抱きしめる事しかできなかった。

禁じられていてもいい…許されなくてもいい…かなみとまた逢いたい…深くなる宵闇の空に、わたるはかなみへの切ない想いを投げ掛ける。


 その時、わたるの携帯が鳴る…もしかしてと思ったが、電話の主は職場の上司で、わたるが手掛けるはずのデザイン画を早く提出して欲しいというものだった。近日中には提出すると答え、わたるは電話を切る。

実を言うと、まだ、デザイン画は出来上がっていない。

書きはしたが、納得のいくものができていないというのが現状だ。

しかし、今日、かなみに見せてもらったおかげで書けそうだとは思っていた。

そして…かなみに似合いそうな物が書きたくなっていた。

かなみが似合いそうとか、かなみが気に入りそうなデザインというと、かなりハードルが高そうな気がしたが、いま、自分がかなみにできるのは、かなみが似合いそうで、かなみが気に入りそうな作品を生み出すことだけ…またかなみと逢えるその時まで、かなみを想い、かなみに似合う作品を作り出そうとわたるは心に決める。


 運命は…思わぬ形でまたわたるとかなみを引き合わせる…そして…かなみが誰の籠の鳥なのかを知らされる日が刻一刻と近付いている事をわたるは知る由もなく、ただ、かなみへの切ない恋心に焦がれ続ける。


 運命の悪戯と呼ぶにはあまりに酷い現実を思い知る事など知らずに。