「かなみさん…あなたが…夜を忍んで…逢いに来てくれたから…僕も…冬を忍ぶのです…」
自分は小さな幸せなど運んでいないと呟いたかなみに、わたるは、かなみが夜を忍んで逢いに来てくれたから、自分も吹雪吹きすさぶ冬よりも厳しい冬を忍ぶのだと呟く。
「わたるさん…あなたにばかり…辛い想いをさせてしまいますね…」
「いいえ…時々…かなみさんが…春を運んでくれるから…耐えられるのです…」
わたるにばかり辛い想いをさせてしまって悪いと呟くかなみに、わたるは、首を横に振ると、時々、かなみが春を運んでくれるから、辛い冬を耐えられるのだと呟く。
「かなみさん…あなたを…想うだけで…僕は…それだけで…心が満たされるのです…」
辛い想いをさせてすまないと呟くかなみに、わたるは、自分は、かなみを想うだけで、心が満たされていくのだと笑いかける。
いばらの道よりも険しく辛い恋だけれど、吹雪吹きすさぶ冬よりも厳しい冬を忍んでいるけれど、かなみと逢える春を想えば、耐えられるのだと、わたるはかなみに呟く。
「わたるさん…」
「かなみさん…」
わたるとかなみの互いを呼び合う声と視線が重なった瞬間、言葉はもう意味はなかった。
引き寄せられるように唇を重ね、その口付けは深いものになっていく。いままでなら、ここで秘密の時間が幕を開けるのだが、この日は違った。
「わたる。逃げて」
いきなり玄関が開く音がし、ゆかりの声が響き渡る。
「青山」
「社長が来るよ。急いで」
いきなりかなみの家に上がり込んできたゆかりに驚くわたるに、ゆかりは、西田が来るから早く逃げるのだと声を掛ける。
「裏手の門から出てください…」
「すみません。じゃあ、また」
裏手の門から出ていくようかなみに言われたわたるは、挨拶もそこそこに、裏手の門へと向かう。
「後は任せて。わたる」
「すまない。青山」
あとの事は自分に任せろと声を掛けてきたゆかりに、わたるはすまないと声を掛け、裏手の門から外に出ていく。
その直後、西田のかなみを探す声がし、ゆかりが取り繕う声が漏れ聞こえてきた。
もし、ゆかりが飛び込んでこなかったら、間違いなく鉢合わせていた。それも、情事の真っ最中という言い逃れのできない状況で、鉢わせていただろう。
「かなみさん…」
自分は間一髪で逃げられたが、これから西田に抱かれるかなみの身をわたるは案じる。