女神の悪戯ー9

「ただいま」
 
 雪菜との情事の名残りを残したまま、家路に着いた由紀夫は、夜遅いのに起きて待っていた雅美に帰宅を告げる。
 
「お帰りなさい。遅かったわね。お仕事ご苦労様」
 
 残業だと思っている雅美は、由紀夫の仕事の労を労う言葉を由紀夫に投げかける。愛娘の佳奈美はもうすでに眠っていた。傍らには誕生日プレゼントに買ったあの玩具が置いてあった。
 
「佳奈美ったら、あの玩具片時も離さないのよ。宿題やらせるのに大変よ」
 
 佳奈美の傍らにあるあの玩具に目をやる由紀夫に、雅美は佳奈美があの玩具を気に入りすぎて宿題をさせるだけでも大変だと笑う。
 
「すまないな…」
 
 佳奈美の事を雅美任せにしている事を、由紀夫は詫びながら、佳奈美の寝顔を見やる。その脳裏には雪菜の事が浮かんでいた。
 
「もうそろそろ寝ようか?」
 
「先に寝てて。この本のきりがついたら寝るから」
 
 夜遅いからそろそろ寝室で休もうと言う由紀夫に、雅美は読んでいる本のきりがいいところまで読んでから寝室に行くと答える。
 
「何読んでるの?」
 
 眠る時間を惜しんでまで読む本がどんな本か気になった由紀夫は、雅美にどんな本を読んでいるのかと声を掛ける。
 
「気になる?お互い家庭を持っている男女が恋に落ちる話の小説よ」
 
『?!』
 
 雅美が読んでいる本の内容を雅美に聞かされた由紀夫は心臓を掴まれた感覚に陥った。
 
まさに、自分と雪菜の事を見抜かれているような感覚に陥ったのである。雅美は普段からまじめで、こういう類の本など読まないだろうと思っていた。その雅美がそんな本を読んでいる事に由紀夫は衝撃を受ける。
 
「ねぇ…あなたはこんな事をしていないわよね…?」
 
 小説を読み進めながら、雅美は、由紀夫に浮気なんてしていないでしょうねと問いかける。雅美は、由紀夫から初恋の話を聞いていた。黒髪の綺麗な少女だったと…初恋は初恋とわかっているが、侵しがたい聖域のような思い出に嫉妬心を抱いていないと言ったら嘘になるだろう。
 
「当たり前じゃないか…俺がそんな事をするように見えるか?」
 
 雪菜との情事を見抜いているような雅美の言葉に、由紀夫はそんな事をするわけがないじゃないか、自分が築いた家庭一筋だと答える。少し狼狽えてしまったが、雪菜との情事を隠そうと必死だった。