花灯篭ー25

「かなみさん…」
「花菖蒲を飾れなくて…そういえば…ここがあったと…思い出して…」
 一面に広がる花菖蒲畑に、感嘆していたわたるに、かなみは、家に花菖蒲を飾れなくて、そういえば、この旅館も裏手が花菖蒲畑だったことを思い出して、ここにわたるを連れてきたのだと呟く。
「嬉しいです…かなみさんが…僕のために…ここまでしてくれて…」
 花菖蒲を眺めながら、わたるは、かなみに、自分のためにここまでしてくれて嬉しいと呟く。
「あなたが…私のためなら…どんな苦しみにも痛みにも耐えると…言ってくれたから…」
 自分のためにここまでしてくれて嬉しいと呟くわたるに、かなみは、わたるが自分のためなら、どんな苦しみにも痛みにも耐えてみせると言ってくれたから、自分もそれに応えただけだと呟く。
「ここには…面白い昔話もあるのです…」
「昔話ですか…?」
 この辺りに伝わる面白い昔話があると呟いたかなみに、わたるは、どんな話なのか聞かせて欲しいと呟く。
「この辺を治めていた殿様の側室が…ある着物職人と恋仲になるの…」
「それで…?」
 昔話を語り始めたかなみに、わたるは、なんだか、自分たちの事を言われているような感覚に陥りながら、かなみに話の続きを促す。
「領主の側室と一介の着物職人…許されない関係だけど…二人は逢瀬を重ねていたの…」
「どうやって…?」
「側室がいろんな姿に変装して…逢っていたらしいです…」
 益々自分たちと重なり合う話だなとわたるは思いながら、かなみに、どうやって二人は逢っていたのか尋ねると、かなみは、側室がいろんな姿に変装して逢っていたらしいと呟く。
「まるで…かなみさんみたいな…人ですね…?その側室…」
 昔話の側室は変装してまでも逢いに来てくれるところがかなみに似ていると、わたるはかなみに呟く。
「わたるさんも…似ています…好きな人のために…物を作ろうとするところが…」
「そうですか…?僕は…ただ…かなみさんが…身に付けているところを…想像して…デザインを考えているだけです…」
 好きな人ために物を作ろうとするところが、わたるも昔話の着物職人に似ていると呟くかなみに、わたるは、自分はただ、かなみに身に着けて欲しいと思ってデザイン画を描いているだけだと呟く。
 わたるとかなみの貴重な時間を知っているかのように、旅館内は静まり返り、窓の外は、心地よい風が花菖蒲たちを揺らしていた。