大奥恋絵巻ー30

「お妙…最近…顔色悪いな…」
 
 
 寝所で自分に抱き寄せられながら、どこか青い顔をしているお妙に、家治はどこか体調でも悪いのかと問いかける。
 
 
「何でもありません…いらぬ気遣いさせてしまって申し訳ございません…」
 
 
 家治の問いに、お妙は首を横振ると、家治にいらぬ気遣いをさせてしまった事を詫びる。
 
 
実を言うと、瑤子とお菊の方の大奥での権勢争いに巻き込まれて心労がたたり始めていた。
 
 
毎夜のように朝まで家治に求められて、それを聞きつけた瑤子に呼び出され、廊下を歩けば、出会うお菊に皮肉たっぷりの言葉を投げ掛けられで、お妙は正直疲れ始めていた。
 
 
「無理をするでない…わしは…こうして…そなたを抱き締めているだけでも…満足なのだ…」
 
 
 お妙の気苦労を察した家治は、お妙に、無理をせずともよいと声を掛け、お妙を優しく抱き締め続ける。
 
 
大奥とは、自分が思っているよりも、もっと泥臭くて、苦しいところなのだと、お妙の様子から感じ取った家治は、お妙を労わるように抱き締め、お妙の髪を撫で続ける。
 
 
 そんな家治の態度に、お妙の心は、溶けていくような感覚に陥る。
 
 
 お菊の言う通り、家治の世継ぎが産めなければ、家治から遠ざけられる…いかに、家治が自分を寵愛しようと、世継ぎが産めなければ、意味がないのだと…
 
 
「お妙…世継ぎが孕めぬと焦らずともよい…いままでも…世継ぎが産めぬ側室はいたのだから…」
 
 
「上様…」
 
 
自分の子を懐妊できぬからといって焦らなくてもいいと声を掛けてきた家治に、お妙は、家治は自分が言わずとも、自分の不安を感じ取ってくれていたのだという嬉しさで胸が一杯になる。
 
 
お妙の純粋さが家治の心を癒し、家治の慈しみがお妙の心を癒していた。